許容もなく慈悲もなく

暮らし、音楽、教育関係

まっとうに生きたい

未だに、自分が「まっとうに生きてる」自信がない。

 

いきなり、まっとうってなんだって話なんですけど、僕の周りはそこそこ優秀というか、普通というか、人生のレールにうまいこと乗れている奴らばかりなので、彼らをみてると自分がそこにちゃんと乗れてないような気持ちになる。

 

僕は今まで、バンドやったりフリーターやったり会社員やったりと、1年半くらいふらふらしていた。うまくいかないこともあり、その間に「意外とダメじゃん、俺」ってなったのがその原因だと思う。

 

今は小学校で臨時任用講師やってるけど、講師だっていつ仕事がなくなるかわからないので、なんだかんだいってフリーターに毛が生えたもんです。まあ、だから今がんばれってことなんですが。大学入ったくらいから気づき始めたこの自信の喪失は意外と根が深くて、なかなかうまくがんばれないときもある。まさに今です(こんなテスト前に部屋の掃除をする、みたいな文を書いているくらいですからね)。

 

「頑張るときに頑張れなかったダメ人間」みたいな烙印を僕は自分に押してて、ことあるごとにそれを見返しているから、がんばるぞ→あっ俺はダメだみたいになって、またまっとうに生きられないと嘆く。その後また頑張ろうと思った矢先→烙印を発見→ダメ。あゝ負の連鎖。わかりやすい連鎖。ぷよぷよは縦に積む。

 

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三年前、大学の卒業間際に、最後の授業でやることもなくなったのか教授が「これからの抱負を書き初めに書こう」なんて言い出した。

そこではまっとうに生きてる奴らが(そうでもない人もいたけど)いい感じにユーモアも交えてこれからの抱負を発表していて、すごく居心地が悪かった。ウケを狙って適当なことを発表できる空気でもなかったので、半紙に「真っ当」って書いた。その場しのぎの言い訳を言って、僕の番は終わった。

 

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なぜかその時のことを未だに覚えていて、自信を失くすとよく思い返す。

ちゃんとレールに乗りたいなと思った時にはみんなもう次の駅についていて、乗り換えとかするやつもなかにはいる。まだまだ僕が自分で決めた「まっとうに生きる」レールに乗るまでの道のりは長いかもしれない。しかし、頑張っていきたい。いや、頑張っていきたい。今日は頑張っていきたいと言うためのエントリです。モンパチを聞こう。頑張ろう。

 

と、こうやって吐露することも「まっとうに生きること」に繋がったらいいなと思った次第。