許容もなく慈悲もなく

Keita Ito/イワシミズの文章です

居酒屋でバイトできるお前はすげえよ

『生2つー!』

『あいヨォ!』

『後ろから失礼しますー串の盛り合わせですー!』

『ありがとうございましたー!』

 

僕は格安の居酒屋で飛び交う怒号を聞く。その居酒屋の店員たちはいつも元気で、彼ら同士も笑いながら仕事をしている。コミュニケーションは良好そうだ。その光景を見ると、自分にはこんなの到底無理な芸当だと痛感する。

 

居酒屋バイトはハイコンテクストの魔窟みたいなところだ。

 

彼らが仕事で要求される能力は大きく二つある、と思う。「いくつもの仕事を優先度順に並び替えて、常に頭の片隅に置きながら、複数を並行して進めていくこと」。そして、「密にコミュニケーションを取り合いながら、笑顔を絶やさず働くこと」の二つ。僕はステージでライブするみたいな、「一つのことに集中して結果を出す」タイプの仕事にはそこそこ自信があるんだけど、「複数を並行して進める」タイプの仕事にはかなりの苦手意識がある。だから、それを当たり前にようにこなす居酒屋の店員には少なからず萎縮してしまうのだ。

 

そんな僕も居酒屋ほどではないけど、その色の強い飲食店でバイトをしていたことがあった。それはまさに地獄であった。

 

* * *

 

あれは高校生の頃、AO入試で受験が10月に終わって暇を持て余していた僕は、近所のうどん屋でバイトを始めた。僕にとって初めての飲食店ホールでのバイト、バイト仲間たちは若い連中ばかりだった。

 

仕事は予想通り全くできなかった。メニューを間違える、オーダーを忘れる、声が小さいなどの大小様々なミスを全てこなした僕は、この役立たずとばかりに皿洗いをしていた。皿洗いの仕事は楽だった。ただ食器を綺麗にして、食洗機の的確な場所へ収納する。それを繰り返す。単純な作業だ、夢中になって続けていた。

 

その時、「何やってんだ!」と怒声が響いた。客に運ぶはずのうどんが、まだ給仕されないまま台に置かれていた。皆、手が空いておらず、どうやらこれは僕が運ぶはずだったものらしい。「何やってんだ!」と糞みたいなメガネに言われた。糞みたいなメガネに。うどんは冷めて伸びきっていた。

 

後のバイトの忘年会で、みんなが酒を飲んでバカみたいにはしゃいでいるのを見て、僕の胸に去来したのは「虚無」だけだった。虚無そのものであった。僕はくしゃくしゃになった制服を置いてバイトを飛んだ。それから二度と飲食店では働かなかった。

 

* * *

 

何年も経って、僕も多少マシになったのか、今は教員として働いている。でも、教員の仕事にも居酒屋バイトみたいな「仕事の優先順位を考えつつ、複数の作業を並行して進める」要素があって、未だにそのジャグリングを上手く回せないこともある。要件を頭に留めることができなくて、予期せぬ事態に陥った時、僕の脳裏にはあの時の伸びきったうどんが浮かんでくるのだった。

 

だから、居酒屋でバイトできてるお前はすげえよ。

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