許容もなく慈悲もなく

Keita Ito/イワシミズの文章です

会話 冬 最近読んだ本

会話

 

僕が文章を書く時はだいたい、精神がそんなによろしくない時だって薄々気づいてきた。

 

職場におけるカンバセーションを僕は「社交」と呼んでいて、いつも必死こいてやっている。失言を過剰に気にするあまり「この発言はよかったか?」「今は表情をキープできていたか?」なんてことを四六時中チェックしてる。さすがに疲れてくる。できたら相手の思ってることなんて理解する気ない失礼な人間のふりして雑にやりたいけど、それほど度胸あるわけでもなくて、今日もアルカイックスマイルをやっている。

 

コミュニケーション能力にも検定があればいいと思う。コミュ検。

 

問1『彼はそのとき少し声のトーンが落ちました。なんと答えれば良かったでしょう。』

①『残念だったねw』

②『僕にはわかるよ』

③『うんこのおまもり』

 

みたいな。これは五級の問題ですが。一級を持ってたらそれだけでみんなから良い人間扱いで、好きに生きていい。持ってないやつとか五級のやつとかはみんなからすごいバカにされるし、ほぼ家畜。でも実は持ってない人たちの中にもすごいコミュニケーションが上手い人達がいて、そういう人たちはいわゆる「ネイティブ」として扱われる。電車の中釣りにはいつも『この冬こそ、目指せコミュ検二級!』みたいな広告がたくさんあって、文化人たちのコミュニケーション能力詐称が社会問題になる。幼い頃からコミュニケーションの英才教育を受けてきた子どもたちは軒並み学力が低く、「あまりに勉強ができると不快に思う人が出るから」とかそんなわけのわからない忖度によって生み出されたコミュニケーション・マシーン達が往来で愛想を振りまいている。そんな中僕は唯一人の特級で、ものすごくコミュニケーションができる唯一神。あまりにできすぎてもうやばいことになっていて、僕の周りはいつも人間で溢れている。ほぼ朝の東西線。そして彼のその所作の一つ一つに意味がある。その手の形一つ一つに魂が込められている。僕が動いたその時ハンターハンターでいう円みたいなオーラがあたりを包み込んで、そのオーラに触れた人間を全員「察する」。察する、察していく。とにかく察する。しかもすごいモテる。人間国宝。否、彼こそが「人間」そのものなのだーーー。

 

 

寒い。大人になってから乾燥しやすくなったのか、寒くなると手とかかゆくなる。日常のルーチンワークの中に新しく「リップクリームを塗る」や「保湿クリームを塗る」や「ヘアオイルを塗る」などの動作が加わって、冬になったなと感じる。感じていく。とにかく感じる。もはやうんこのおまもり。

 

最近読んだ本

 

論理トレーニング101題

論理トレーニング101題

 

 これです。いや、君が言いたいことはわかるよ。ミーハーですまないが、これを読んだんです。 

hikakujoho.com

これを読んだら僕の感想文は無になる。

 

現代文の問題に共通しているところもあるけど、一問一問しっかりとした解説がつけられていて、「教科書」としても「問題集」としても「読み物」としても楽しい一冊だった。得た知見は使い所を見極めて使っていきたい。

 

 

もう何もいうな。これもめっちゃよかったんで今すぐ買いましょう。いや、むしろもう買っている?

 

ウォッチメイカー〈上〉 (文春文庫)

ウォッチメイカー〈上〉 (文春文庫)

 
ウォッチメイカー〈下〉 (文春文庫)

ウォッチメイカー〈下〉 (文春文庫)

 

 

 実はまだ途中だからネタバレはやめてください、許してください。ではまた

 

聞いてくれ

 

soundcloud.com