1年間で100冊読んだレポ
年始にこんな目標を立てた。
今年本100冊読むわ俺 とりあえずの指標として (ちなみに去年は54冊でした)
— イワシミズ (@itcomet) 2025年1月18日
「とりあえずの指標」とか年始早々保身に走ったことを言っているが、100冊読むという目標を立てた。気持ちとしては本気だった。何より、宣言することで自分を律したかったのだ。
100冊読む上で、己にルールを設けた。簡単な小説ばかり読めばすぐに達成できてしまうし、それで「今年100冊読んだっす笑」とか言っても格好悪いからだ。
①自分が興味のあるジャンルかつ、新しい知識が得られること(再読はなし)
②読んだ後に300字程度の感想を書くこと
というルールにした。
故に、ライトすぎるものや、逆に難しすぎて諦めたものは省いている。そして、日常的に読むことになるので、感想を書いておかないと読んだこと自体を忘れてしまう。(これはマジであって、「ヨルガオ殺人事件下」を読んだことを忘れて2回読んでしまった。)
そして現在である。なんとか読み切ることができた…!
100冊という冊数は、多読としては大したことない量ではあるものの、フルタイム労働×保育園のお迎え、日々の家事などを抱える人間にとっては、余暇の時間をかなり充てる必要があった。得られた知見も多くあるので、共有しておきたい。
・Audibleは必須だった
Audibleとは、Amazonが提供しているオーディオブックのサービスである。
自分の場合は、洗濯や洗い物、通勤などの耳と脳だけが空いている隙間時間も勘定に入れないと全然無理だった。Audibleがなかったらかなり厳しかったと思う。複利もあり、Audibleで読んでいるとなぜか「紙の方の読書も捗る」という相乗効果が起こるのでめちゃめちゃブーストした月もあった。

これが俺なりのブースト。
ちなみにだが虚無感が訪れて一冊も読んでない月もある。

・積読が消滅した
読書習慣が強化され、興味の赴くままに手にとって読んでいるうちについに、積読が消滅した。これは人生初の快挙である。驚きと喜び、そして寂しさという複雑な感情に包まれたが、積読がないのは落ち着かず、また積まねばという使命感に駆られている。ちなみに、積読を読んでみた感想としては、どれも「そら積むわ」という感じでした。
・点と点の知識が繋がる瞬間が気持ちいい
「魔女狩りの西洋史」で、魔女狩りが特に盛んに行われた地域についての記述があった。国、地域によって魔女狩りの規模は大きく異なる。魔女狩りは山岳地帯であったり、土地や政治の権利関係が複雑で、行政の一円支配の及びにくい地域で特に激しさを増す。特に、アルザスとロレーヌ地方ではフランス王と神聖ローマ帝国のどちらを領主とするかが複雑に揺れうごいた背景もあり、地元君主が魔女狩りを取り仕切ることで、自分の権威を示すために利用したという側面も生まれた。このような記述を見ても、以前の自分なら「へえ、そうなんだ」とスルーしていただけだろう。
しかし!今年の俺は違うのだ。理解ってしまうのだ。
以前読んだ書籍を通じて、「アルザス・ロレーヌ地方」が、ドイツと国境を接する冷涼な山岳地帯だということを知っている。そして、同地方がのちに普仏戦争後にフランスからドイツに割譲され、さらに第一次世界大戦後に再びフランス領となったという歴史を知っている。という風に、点と点の知識が繋がり、線となる瞬間、そして、次の一冊がよりわかりやすくなるという複利効果が生まれるのがとても気持ちいいのだ。
・「全然好きじゃない作者」が発生した
漫画と違って一話完結でないものが多いから、書籍は「試し読み」の難易度が高い。本を買う時って基本ハズレに当たりたくないから、どこか臆病になって、話題の単著だけ買うみたいなところがあると思うんだけど、今年の俺は勇敢で、とにかく読んだ。気に入った作品があれば、同じ著者の本を全部読むみたいなことをしていく中で、この作品は良かったけど、全体的にこの人が好きというわけではないな、みたいな、好感度が変なポジションの作家が出てきた。当たり前だが、試行回数が増えるので、ハズレを引く確率も上がるというだけなんだと思うが、自分の中で初めての体験だったので面白かった。
・逆に、好きな作品との出会いも増えた
当たり前のことしか言っていないが、試行回数が増えるとアタリに出会う可能性も上がる。今までより母数が多いので、今年はおすすめの作品をたくさん言える。これは嬉しい。ここからは、今年読んだ中でよかった作品を何作か紹介したい。あくまで「俺が今年読んだ」というだけなので、今更?みたいなやつもあるのはご容赦ください。
■フィクション編
・禍/小田雅久仁
禍々しい作品が好きだ。俺が読むのはホラーとかミステリ、SFばかりで、特に「人間がめちゃくちゃになる作品」が好き。精神的か肉体的かは問わないが、めちゃくちゃになってほしい。でも、後味が悪いのは嫌で、徹底的にドライで、読後はカラッとしていてほしい。そんな偏屈人間となってしまった自分を救うのは、こういった不条理SF短編集なのだ。まさしく前述の、めちゃくちゃになる人間たちの物語ではあるが、下品なグロテスク描写はなく、上質な不気味さと言える。短編集だが、通底するテーマがあり、目、耳、鼻、口など、体の一部に起こる「禍」という意味ではどこか繋がっているように思う。中でも『耳もぐり』が一番のお気に入り。導入、世界の設定からオチまで最高で、俺は今でも時々こういう形か?と自分の手で「耳もぐり」の形を探ろうとするほどである。
・寝煙草の危険/マリアーナ・エンリケス
アルゼンチンの短編ホラー小説。スペイン語圏作家の中でも評価が高い作者らしく、2009年発表の作品ながら、日本語訳されたのは比較的最近のようだ。描写のグロテスクさ、不気味さから、作品全体に薄暗い霧のような雰囲気が異国感を感じさせてくれた。『ショッピングカート』の、「道端で下痢便をする老人を追い払ったら集落ごと滅びるような不運が押し寄せた」みたいな話とか、日本の作家ならまず採用しないような展開をはじめとして、南米らしい治安の悪さが新鮮に感じ、日本のホラーとまるで違う嫌さがあるところが魅力。
・お前の彼女は二階で茹で死に/白井智之
この本だけはおすすめとかではない。俺が好きなだけである。
読んだことがある人からしたら、「これが年間ベストに入るの人としておかしいだろ」と思うかも知れない。自分でも常軌を逸していると思う。でも、初めの数ページの時点で惚れてしまったのだ。一応、探偵物なんだが、まず、登場する全ての名詞がイカれている。全ての展開がひどすぎる。あまりにも不条理かつナンセンスで、倫理観の消滅した世界でノンストップに起こる殺人事件。一切の説明もなく、「自殺した妹の復讐を果たすため、天才女子高生を監禁している警察官」が主人公だということがわかると、そこで倫理観が完全に終わっていることが判明しそこに痺れる。カスみたいな内容の、最低な事件を真面目に推理する場面(トリックもカスすぎる)があまりにも滑稽すぎて、シニカルな笑いを誘う上、万事がそんな感じなのでもはや爽やかさすらある。最後までブレーキなしで突っ走って、そのまま崖から落ちていくような小説だった。いっそもう、気持ちが良かった。
■ノンフィクション編
ノンフィクションは、これまで以上にたくさん読んだ。
比率としては小説4割ノンフィクション6割くらい。
・奇跡のフォント―教科書が読めない子どもを知って UDデジタル教科書体開発物語/高田裕美
教員をしている。仕事でワードを開いてプリントを作る。そんな時にいつの間にかあって、なんとなく「子どもが見やすそうだな」と思って選ぶことの多かった「UDデジタル教科書体」。自分にとっても馴染み深いこのフォントの開発までの道のりと、リリースまでの紆余曲折を描いたエッセイ。この、「UDデジタル教科書体」は、他のフォントの開発とは決定的に違うところがある。一文字一文字が、ディスクレシアや、弱視を持つ子どものために作られ、検証されている。開発途中の困難について詳しく描かれるが、細部に宿るそのこだわりは、利用者の一人である俺が「なんとなくいいな」と思い、同じようにたくさんの人が採用することに繋がっているのだ。身近な「なんとなくいい」ものの背景がわかったことが一番の学びとなった。
・ワインの授業フランス編/杉山明日香
著者が河合塾の数学講師であることもあって、まるで対面で展開される授業のようで、とてつもなくわかりやすかった。フランスワイン初学者にとっては、これほど有難い一冊もないように思う。ワインの基礎知識から、A.O.Cについて、フランスワインの概論を語る1章。そして、シャンパーニュ、ブルゴーニュ、ボルドーという三つの地方を中心に据え、ドメーヌとシャトーの特色の違いや、各地のワイン作りや食文化について2から7章で展開している。何より、ワインの楽しさである、「知ることで、より味わいが深まる」ということを表現している一冊だと感じた。そして、シリーズである「イタリア編」も併せて読むとより理解が深まるので、ワインについて基礎的に知りたい人には是非です。「シュール・リー」とか完全にこれで知った。
・ジェームズ・クリアー式 複利で伸びる1つの習慣/ジェームズ・クリアー
ナレッジ系で今年最も多くの学びを得たのは、この本からである。
あまりに良すぎて何周もしてしまったので、ぜひ皆さんも読んでみてください。
長文のnoteを書くほどに、ベネ・・・
他にもいっぱいあるからもっと紹介したいが、この辺にしておく。
最後に
・でも、本読んでても何にもならない
身も蓋も無さすぎる。正確には、「読んでるだけ」では何にもならない。漫画の代わりみたいに読んでいても消費してしまうだけで、対して身入りのない時間となる。「読むとは何か」みたいな哲学的な世界へと入り込みそうになってようやく、アウトプットの大切さが身に染みてわかる。記録することで、考えの整理と自分自身の学びを深めることに繋がる。そのため、春頃からいいなと思ったセンテンスを記憶に残すために書くようにしている。そして、可能なら「手書きメモ」に残している。その方が記憶への定着が良い。
・恐れずに学べるようになったような気がする
多読のおかげで、「調べて学習する」ことへの心理的ハードルがかなり下がった。俺って何でも読めるから、やる気さえあれば何でも習得できるのでは、という希望が生まれている。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』でも述べられていたが、「次に読む本を見つけること」って、忙しい中ではなかなか難しい。今年の自分は、興味の矛先が次に読む本へと自然と接続できていて、それが学びに繋がっていった。
この一年の読書で得られたものはたくさんある。しかし、自分の興味だけでは世界は広がらない。ワインの知識やタコスについて、インデックス投資に半導体業界や第一次世界大戦についてなど、流石に節操なさすぎるし、あまりにも無軌道すぎた。他にも、いつ使えるんだ、みたいな知識も多く仕入れ、売り上げる機会がなく在庫を腐らせている気がする。インプットをやりすぎた。次の一年はもっと、発信する年にしていきたいと思う。